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素戔嗚命と八岐大蛇

素戔嗚命(すさのおのみこと)が高天原(たかまがはら)を追放され、出雲の国(現在の島根県)に降り立つと、川のほとりで泣いている老夫婦に出会いました。
老夫婦は手名椎(てなづち)、足名椎(あしなづち)という神で、彼らには櫛名田比売(くしなだひめ)という美しい娘がいました。

老夫婦は、毎年一匹の娘を八岐大蛇(やまたのおろち)に生け贄として差し出さなければならず、今年は櫛名田比売の番との事です。

八岐大蛇は巨大で恐ろしい蛇の怪物で、八つの頭と八つの尾を持ち、その体は一つの谷と八つの山を覆うほどの大きさでした。老夫婦は素戔嗚命に助けを求めました。

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素戔嗚が出会った手名椎、足名椎には色々と招待に関して議論されていますがシンプルに考えると出雲神ですから、もちろん「出自や意味が良い神」では、ありません。

この後に登場してくる大国主を「蛇」と比喩した事を踏まえて見れば「手無(椎)」「足無(椎)」、手も無い、足も無い。それは蛇を表現していると思いませんか?

そして「椎(づち)」は、漢字の読みを見れば他に「しい」です。

音で読めば「しー」になり、そうなると語源は「し」なのは簡単に予想がつきます。

この「し」に「死」を当てはめたいところですが、正解は「尸」です。
この字は「しかばね」「死体」を表し、コの字を当てはめることで「手無尸(てなし)」「足無尸(あしなし)」と言うように蛇の死体を表す字になります。

ここから、手名椎、足名椎とは一つのもの(蛇の死体)を二人で表している神だということ、娘の櫛名田比売の事も遠回しに「蛇」だとしているのです。

でも、実際のモデルは櫛名田比売の属した豪族の事だとは思いますけれど。

言ってしまえば出雲の勇者パーティーに初期からいるメンバーです。だからこそ、わざわざ記紀に登場させた。
また、ことさら出雲を意識した「軍神」建御名方(たけみなかた)が治め造られた諏訪でも「手長神社」「足長神社」で祀られ現在では別表神社に列せられているという事は、物語どおりの老人でも老婆、老爺でもないという事です。

むしろ強力な勢力を持った、豪族だったのではないかと思います。


八岐大蛇は、8つの頭を持つ巨大な蛇です。

ここでの蛇も、記紀の中では「出雲」と同じ意味で使われています。

何故、出雲の国譲りという侵略戦争が起きたのか?
理由の一つに豊富な鉱山資源。

そして、なぜ蛇と比喩したのか。

この写真は石見銀山の坑道図です

スクリーンショット (185)
そして、こちらが坑道
スクリーンショット (184)

坑道を全体で見た時に蛇の寝床、もしくは蛇そのものに見えることが「蛇」と比喩された理由の一つです。
また、これも中央政権が出雲を欲しがった理由の一つですが比較的、外国(この時代は朝鮮)に近く開けた海。
当時、海を含む水辺というのは人間の住まない土地。人間が居るはずのない場所として蔑まれた場所でした。
ここに棲むものは人であるはずがないから「蛙」や「(海)蛇」と呼び蔑みました。

どう転んでも、出雲は危機を描いた人達からすれば蛇が住まう蛇の国でしか無いのです。

ですから、このエピソードのくだりに登場しているのは全て「蛇」なのです。


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