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大国主命の誕生

『古事記』によれば、大国主命(おおくにぬしのみこと)は、素戔嗚命(すさのおのみこと)の子孫の一人であり、その系譜に連なる神です。
具体的に素戔嗚命の直系の子供ではなく、六世代後の子孫とされています。


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日本書紀では「子」とされています。現在では、こちらのほうが一般的に認知度が高いですね。
ここらへんはスピリチュアルの視点で言えば、あまり意味のないところで。ここが違うからエネルギーが変わるというものでもなく、もう神としては「個」なので、「大国主は、大国主」としかなりません。
でも、これは置いておいて歴史的に見ると私は、古事記の方が近いのかな?と、思います。
素戔嗚が、天照と対比して書かれたことを考えると素戔嗚は、相当に中央政権から憎まれ疎まれていたことがわかります。
それは、素戔嗚の時代は手が出せないくらいに出雲が強かった事を示しています。
そこを考えると、たとえ素戔嗚が死んでしまったとしても素戔嗚の軍隊などは残っていますから、大国主が子供であるならば、それらの軍隊を引き継いでいますし、素戔嗚とともに出雲の国造りを行った側近たちも健在のはずです。
そこから考えると国譲り神話の際に、戦闘に関して目立っていたのは現在の諏訪大社の祭神「建御名方神(たけみなかたのかみ)」だけです。
記紀は、基本的に人たちを苦しめた相手を蔑んで書いたり、ひどい目に会わせる描写をする事を考えれば、出雲側でまともに戦ったのは建御名方神と、事代主くらいだと予想されます。
この人材不足ぶりを考えれば素戔嗚から時代を経た「代」。6世の方が、しっくりきます。


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